![]() 確率としての健康問題 私たちは、リスクに囲まれている 朝起きてから寝るまで、私たちはリスクに囲まれて生活をしている。いや、寝ている間も何が起こるかわからないから、正確には二四時間すべてリスクと共に生きているというべきだろう。とはいえ、日常生活において常にリスクを意識しているわけではない。朝歯を磨く時に、水道の水に劇薬が混入しているとは思わないだろうし、朝の通勤電車が脱線するとは思わないだろう。昼食に食べたステーキが狂牛病の疑いのあるビーフだとは思わないだろうし、ましてや、時々起こるひどい頭痛の原因がケータイ電話の電磁波のせいだとは、おそらく思っていないだろう。 リスクを一つひとつ挙げ出したらきりがないほど、私たちの周囲にはリスクが満ちあふれている。はっきり危険だとわかっているものもあれば、まだ危険性が指摘されているだけで、明確な因果関係が立証されていないリスクもある。逃れることが不可避な自然災害もあれば、人為的な事故や過失もある。危険度の幅もかすり傷程度のものから死に至るものまで千差万別。にもかかわらず、そんなたくさんの危険と隣り合わせに暮らしているという実感はない。もっとも、それらを意識しまいと努力しているわけでもない。単に忘れているか、無視しているだけなのだ。意識すれば至るところにあり、意識しなければどこにも見当たらないもの。その意味でリスクは「時間」ときわめて似た性質を持っている。 ところで、健康にも同じところがある。健康とは病気ではない状態のことで、健康な人間ほど、からだのことを普段意識しないものだ。からだに不調を感じる時に、普段自分が健康であったことを思い知らされるのである。 リスクへの関心が高まっている。都市型大地震や核燃料製造工場の臨界事故といったいわゆる災害ばかりでなく、狂牛病やダイオキシン汚染、薬害エイズ、金融危機といったものまで含めると、このところ大きな災いが続いている。そうしたことも要因となって、リスクへの関心につながっているのだろう。安全が当たり前と考えられてきた私たちの生活が、じつは危険や災いに常に曝されているということを意識せざるをえなくなってきたのだ。健康も同じ。単に病気になったら治療すればよいという考えではいつまでたっても病気は減らない。病気にかからないために、普段から健康に気をつけようという考え方に変わってきた。生活習慣病という言葉が端的に示しているように、健康を維持するためには、普段の生活をよくすることがまず大切だというのが昨今の健康問題のメルクマールである。 リスクと健康。両者に共通するものは、普段の、日常の、毎日の生活にもっと気を遣おうということだ。「災害は忘れたころにやってくる」からこそ、忘れないようにしよう。「病気になってから健康のありがたさを知る」のでは遅い、いつも健康であるように日々努力しよう。もしも、災いを被ることがあったら、また、病気になることがあったら、普段の努力が足りなかったと自覚しよう。やや大げさに表現すると、今日のリスクと健康のメッセージはこういうことになると思う。リスクへの関心と健康ニーズの高まり。両者は同じ基盤の上に成り立っているといえる。 リスク概念の定義とその目差すもの 今号では、リスクと健康について考えてみたい。両者が拠って立つところの基盤、共通するパラダイムとは何か、とくにからだとのかかわりから掘り下げてみたいと思う。 健康リスクという言葉がある。健康を維持していく時に阻害要因となるものをいう。そもそもリスクが、生命や財産の安全を脅かすものである以上、健康の阻害要因と考えられるのは当たり前のことだ。リスクとは、広義に捉えれば、健康を脅かすものすべてをいう。 ここで改めてリスクの定義をおさらいしておこう。 「リスクは、人間の生命や経済活動にとって、望ましくない事象の発生の不確実さの程度およびその結果の大きさの程度」(『リスク学事典』)とされる。「望ましくない事象」が発生した時に、その過程、結果が「不確実性」を持っていて、それに対して的確な判断と対応を行うという人間側のレスポンスが含意されている。単にリスクは危険(hazard)という意味だけではなくて、その危険に対して「人間社会の対応」の必要性も包含されている。つまり、危険ではない=安全な状態を追求しつつも、常に危険がゼロであることはない、という前提に立ってその危険を認識するということが、リスクの基本なのだ。リスクゼロということはありえない、というところから出発した概念である以上、必然的にその考えは能動性を持つことになる。 「従来の考え方、ある基準があってそれ以上なら安全で、それを超えると危険であるという二分法的な考えを否定するところから始まる。リスクには、安全がない。リスク論とは、安全領域がない危険性とわれわれはどうつきあうかという科学である」(中西準子)以上、危険性を数値化し、評価し、制御していくことがリスク論の使命となる。 そうなると、制御する「望ましくない事象」をもう少し具体的にいう必要が出てくる。中西氏によれば、リスクとは「どうしても避けたいこと」の発生確率であり、「どうしても避けたいこと」とは、「人の死」だという。つまり、「人の死」をエンドポイントに置いて、その基準点から発生確率を算出し、評価を与え、具体的な方策を講じることが、すなわちリスク・マネジメントということになるのである。要するに、数値化することによって危険の度合いを見極めようというわけだ。 健康においてエンドポイントとなるのは、やはり「人の死」だろう。健康リスクという考え方のベースにも、同様に「人の死」からどのくらい安全かという確率が大きな指標となる。人間の命を数値化することの是非はここでは問わない。というか、リスク論は最初からそこから議論を積み上げているので、もともと功利的(数値的)である以外にない考えなのである。 からだをリスクの対象として捉える。現代の健康論はそれをさらに徹底化させる方向に向かっている。健康の尺度は、数値化され確率としてプロットされる。ある種のあいまいさを確率として囲い込む。この方法は、科学技術一般に共通するものだ。そのことをあえてここで議論はしない。問題は、からだの状態を表現する健康が、確率として囲い込まれることが、何を意味するのかということである。健康問題としてのリスク論の射程にあるものは、科学とからだの新たな関係なのだ。 科学技術とリスク論 私たちは、まずリスク論の科学性について検討するところから始めてみたい。お尋ねしたのは、東京大学大学院教育学研究科助教授・金森修氏。金森氏は、フランス系の認識論哲学を中心に、生物学や医学がどのような過程を経て発芽し育っていったかを詳細に検討するところから、生命科学と近代の関係を洗い出すという仕事を長年続けてこられた研究者である。したがって、その研究の中心となる時代は一九世紀から二○世紀であった。しかし、金森氏の名前がジャーナリズムに頻繁に登場するようになったのは、現代のしかもほんの数年前に起こったスキャンダラスな事件がきっかけだった。それは、「サイエンス・ウォーズ」とその後呼ばれることになる、科学と「科学論」との、科学者と科学批判者との間で交わされた大論争のことである。そもそもの発端は、九○年代の中頃に「科学論」の研究者が中心になった科学批判にあった。文化多元主義を背景にポストモダニズム、フェミニズム、環境保護運動が高まりを見せる中で、それまで社会から自律していると目されていた科学それ自体への批判が顕在化し、広くは教育界全体を巻き込む論争へと発展していった。金森氏は、当初からこの論争に深い関心を寄せて、その経緯や背景、その後の展開について紹介する論文やエッセイを著してきた。 「サイエンス・ウォーズ」が、それまでもなかったわけではない科学批判の枠を越えて、ジャーナリズムも巻き込んで広がっていったのは、そうした「科学論」に対して科学者側から激烈な反批判が加えられ、しかもきわめてトリッキーな方法によってそれが遂行されたからである。ごく簡単に素描すると、理論物理学者アラン・ソーカルが「科学論」批判への「科学論」側の反批判を、「科学論」に傾斜する雑誌の特集に寄稿したうえで、後にそれがまったくのパロディであったことを暴露したというものだ。つまり、科学批判の急先鋒である「科学論」の言説が、いかに浅薄な知識しかなく、自然科学用語の濫用と誤用に満ちているかを、パロディという形式をとることにより、逆に証明するという手の込んだ方法で示したのであった。「サイエンス・ウォーズ」とは一言で言えば、「科学技術サイドが、科学論者の相対主義的、反実在的、非実証主義的傾向の強い議論に業を煮やし、古典的な実在論や実証主義の規範の再認識を旗揚げしながら激しく批判した反攻と、それを取り巻く賛否両論の論争」(金森修)であり、結果的には、九○年代に勢いづいた文化多元主義と同じ根を持つ現代「科学論」への強力なカウンターパンチとなったのである。 「サイエンス・ウォーズ」は日本の論壇にも飛び火する。オウムの一連の事件、もんじゅの事故などの背景には、科学者や技術者の責任が厳しく問われることがない日本の科学政策の甘さがあり、科学者集団の倫理性を正すということから火が付いた議論は、やがて、「的はずれの科学叩き」に終始する「科学論」批判へと急旋回していった。まさにそれは、規模こそ小さいものの紛れもない日本版「サイエンス・ウォーズ」であった。 「サイエンス・ウォーズ」の詳細は金森氏の労作『サイエンス・ウォーズ』(東京大学出版会)に譲るとして、注目したいのは「サイエンス・ウォーズ」が投げ掛けた問題の一つ、「科学論」と文化多元主義との関係だ。文化多元主義あるいは相対主義と言い換えてもいいかもしれないが、知識が社会の状況依存的関係を拭いきれないということを主張する「科学論」者は、同様に科学もすでに社会に埋め込まれた形でしか存在しえないことを強調した。それは、現代の科学技術が、純粋に未来の進歩発展に貢献しているということが幻想であるという認識だけにとどまらず、いまや高度の政治的意思決定や政策に大きな影響力を持っていることを、改めて科学者に認識させようという意図が込められていたのである。「科学論」が、なぜ相対主義を強調するのか。それは「科学・技術が浸透しつくした現代では、未決着の科学論争やリスクを伴う技術の利用が、政治的意思決定や、健康や環境を大きく左右するからだ。そうした場面では、ある専門領域で確立された知識や技術ですら、その状況依存性とそれに伴う妥当性の限界や不確実性が露になる」(平川秀幸)。 「科学論」のバッククラッシュ的な様相を呈して終焉したかに見えた「サイエンス・ウォーズ」の論争であるが、別の視点から見れば、現状肯定的な言説に与する科学技術への「科学論」側からの批判に抗して、「リスク論」を担保にした科学側からの反批判ともとれるのである。「サイエンス・ウォーズ」を、科学技術のリスク論的回収とその展開を準備した科学側からの応答と了解すれば、この論争のもう一つの重要な側面が見えてくるように思われる。重要な側面とは何か。一言でいえば、科学技術とはそもそも誰のためのものか、誰に利益をもたらすのかということだ。科学の側であれ「科学論」の側であれ、いずれの言説もこのきわめて単純な疑問へと送り返されることになり、リスク論の評価も、ここで二つに分かれる。 そこで、「サイエンス・ウォーズ」をつぶさに検討してこられた金森修氏に、科学技術および科学政策との関係からリスクを論じていただく。さらに、そのうえで科学技術と主体の言語の関係について考察していただく。 リスク社会としての日本 積極的にリスクをとる社会とは、いかなる姿をしているのだろうか。日常生活の中に潜むリスクをいかに解消していくか、私たちの生活とは、とりもなおさずリスク回避の行為の集合でもある。次に視点を変えて、主体と社会のかかわりから、リスクを考えてみたい。 「特定の相手だけとの付き合いを通して社会的不確実性を縮小し安心を求める集団主義的行動原理によって築かれてきた日本社会は、いわゆる〈信頼社会〉ではなく〈安心社会〉であった」という。たとえば、日本の都市がこれまで比較的安全であったのは、社会の基盤が強固な相互信頼によってつくられていたからではなく、相互拘束関係という「機会費用」を支払うことで「安心社会」を生み出していたからである。 しかし、今日の日本が直面しているのは、この「安心社会」がすでに過去のものになりつつあることだ。社会的不確実性を前提として適切なリスクを負うことによって他者との関係を形成する、いわばリスク・テイキングに基づく「信頼社会」へとシフトすることが、今日本に求められているのである。 社会心理学の立場から、「安心社会」から「信頼社会」へのシフトという視点から日本社会について研究されているのが北海道大学大学院文学研究科教授・山岸俊男氏である。「水と安全はただ」と形容された日本社会が、今、多くの危険や災いに曝されているが、もとより災害だけではなく、社会システムあるいは人間関係もさまざまな危険と隣り合わせになっているのである。これまでの日本は、それを「機会費用」で賄ってきた。「機会費用」とは、ある行動に投資した費用や時間を別の行動に投資した場合に得られる利益のことで、今やこの「機会費用」が急激に上昇しているというのだ。「機会費用」が増える中で、具体的にどのように「信頼社会」を築いていけばいいのだろうか。リスクを不可避のものとして、それを内在的に受け入れる方法から「リスク社会」の条件を検討する。 導入された健康概念 今号のテーマの中心である健康リスクについて、二つの視点から考察する。一つは、健康概念の形成から、もう一つは、医療とのかかわりから。 健康という概念は、私たち日本人がもとから持っていたものだろうか。もしも新しい概念であれば、私たちはいつそれを自分たちのものにしたのだろうか。そして、今、私たちは、それをからだにとっての「理想」として認識するようになっているが、果たしてそこには、どのような契機があったのだろうか。 この疑問に答えてくれる研究があった。『「健康」の日本史』(平凡社新書)である。 「一八世紀の後半から江戸時代のおわりにかけて、日本では西洋医学の積極的な移入が行われました。健康は、この新しい西洋医学の基礎的な学問である解剖学や生理学と一緒に日本に入ってきた言葉です」 「道徳的な尺度にもとづく養生術の文化から、生理学的な尺度にもとづく健康法の文化へ。日本人はその変化を柔軟に受けとめ、実践しました」 そして、その変化に大きく貢献したものがラジオ体操だったというのである。日本人のために考案されたラジオ体操は、体格向上と連帯感を高め、生理的に異常でないことが社会(国家)に道徳的に貢献することだということを国民の意識に根づかせたのであるという。日本人は、養生術から「健康法」へとからだの管理方法を大きく変化させてきたが、その一つの契機となったのが体操であったというのだ。ただ、その体操もまた西洋医学によって再統合された「生理的な身体」という視点がなければ、日本人には根づかなかったという。日本人は健康概念を西洋医学という受け皿と一緒に手に入れたのである。 この著者北海道教育大学釧路校助教授・北澤一利氏と共に、日本人と健康、からだづくりと健康のかかわりについてその鍵となった西洋医学との関係から考えてみたい。 「完全に」「良好」な状態 健康の定義として最もよく知られているものにWHOの定義がある。一九四六年に世界保健憲章前文として出されたものだが、それによると、「単に疾病がないとか虚弱でないというばかりではなく、肉体的、精神的、社会的に完全に良好な状態である」ことが健康だという。約半世紀たった今日でもこの定義は有効である。とくに医療において健康が問われる時、まずWHOのこの定義を基礎において各論が展開する。しかし、肉体が精神が社会的に完全に良好な状態とは、果たしてどういう状態をいうのであろうか。とくに、「完全に」という語意が含まれていることで、この「良好」という意味はますます際立ってくる。 「完全に」「良好」な状態を字義どおり徹底化させることによって、健康な子どもを産ませようとするのが「優生学」であった。今では拒否反応の方がはるかに強いと思われる「優生学」という言葉も、健康という概念と重ね合わせてみると、不思議に反りが合うのである。「優生学」という言葉からただちにナチズムを思い浮かべる人も少なくないと思われる。しかし、私たちが日頃なにげなく使用している健康は、じつは「優生学」が目差しているものと本質的に同一なものなのである。そして、「健康リスク」もまた、「優生学」とは微妙にバランスする概念でもある。健康なからだは、ある意味で「優生学」を内面化し、それを実現させることでもあるのかもしれない。「健康リスク」の問題を、ここでは「優生学」を反面教師と捉えて考察しようと思う。お尋ねしたのは、立命館大学産業社会学部教授・松原洋子氏である。 リスク論と自己責任の論理 リスクとは、本来「完全」とはきわめて相性の悪い関係にある。最初に述べたように、ゼロリスクを最終目標に設けることは原理的には可能であるし、リスク論においてはそれは理想状態でもある。しかし、現実的にゼロリスクはありえない。だからこそ私たちは、リスク論という概念枠をあえて設けようとするのである。それは確率という形でリスクを囲い込み、形式的にゼロリスクを可能にさせるためでもある。 最後に私たちは、リスクと個人の関係について考えてみたいと思う。リスクを確率化社会の中での不確実性と確実性の交換という観点から捉え、リスクをとることと自己責任のかかわりについて考察する。帝京大学経済学部環境ビジネス科講師・小島寛之氏にお聞きする。 (佐藤真) |
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