資本主義を閉じるために今できること

水野和夫

水野和夫

みずの・かずお
1953年愛媛県生まれ。埼玉大学大学院経済科学研究科博士課程修了。博士(経済学)。三菱UFJモルガン・スタンレー証券チーフエコノミストを経て、内閣府大臣官房審議官(経済財政分析担当)、内閣官房内閣審議官(国家戦略室)を歴任。現在、法政大学法学部教授。専門は、現代日本経済論。著書に『閉じていく帝国と逆説の21世紀経済』(集英社新書 2017)、『資本主義の終焉と歴史の危機』(集英社新書 2014)、古川元久との共著書に『正義の政治経済学』(朝日新聞出版 2021)他がある。
未来のために今を我慢するような成長型の社会は、今を楽しむ定常型社会と比べると、
一歩遅れたシステムだと言えます。
せっかく日本は世界に先駆けてゼロ金利を達成し、
ゼロ成長、ゼロインフレという定常型社を迎える準備が整っているわけですから、
一刻も早く成長至上主義から脱却して、
「よりゆっくり、より近く、より寛容に」今現在を楽しむ社会の実現を目指しましょう。

非物質主義的転回が拓く資本主義の未来

諸富徹

諸富徹

もろとみ・とおる
1968年生まれ。京都大学大学院経済学研究科博士課程修了。現在、京都大学大学院経済学研究科教授。専門は、財政学、環境経済。著書に『資本主義の新しい形』(岩波書店 2020)、『グローバルタックス:国境を越える課税権力』(岩波新書 2020)、『人口減少時代の都市:成熟型のまちづくりへ』(中公新書 2018)他がある。
環境と経済は、もはや相対立する関係ではなく、
むしろ相互補完的、あるいは相互促進的な関係となっていく可能性が高い。
産業構造の「非物質主義的転回」は、
企業や産業の生み出す付加価値を増やして経済成長を促す一方、
そのエネルギー消費については削減の方向に舵を切らせることになるでしょう。
つまり、「非物質主義的転回」は、成長しつつ脱炭素化を実現するための前提条件なのです。

死してなお世界を支配し続ける資本というゾンビ

酒井隆史

酒井隆史

さかい・たかし
1965年熊本生まれ。早稲田大学大学院文学研究科修士課程修了。現在、大阪府立大学人間社会学部教授。専門は、社会思想、社会学。著書に『通天閣:新・日本資本主義発達史』(青土社 2011)、『暴力の哲学』(河出文庫 2016)他
Black Lives Matter運動には、
世界中のさまざまな問題とぜんぶつながっているという意識がある。
セクシュアルな問題、気候変動の問題、経済の問題、資本の問題、
ぜんぶがもう一緒になった存在として、ガーンと押し出されている。
いくつかある問題がみんなつながっている、というのではなく、
もう、一つの塊としてドーンとあるわけです。

資本主義はどこに向かうのか

それは、いつ起きるのか
 IMF(世界通貨基金)は、4月6日に公表した最新の世界経済見通しで、2021年の実質GDP(国内総生産)成長率予測を前年比プラス6・0%とし、2022年を4・4%としました 。先進諸国を中心に新型コロナウイルスワクチンの普及が進んでいることや米国で大規模な追加経済対策(1兆9000億ドル程度)が実現し、世界景気の回復が加速するとの期待が高まっていることを反映したものと見られます。
 今回の見通しでは、ワクチン接種が進む米国や英国などの多くの国の成長率を上方修正しました。IMFは、新型コロナウイルス感染拡大に関連した各国の大規模な財政出動が世界経済を下支えしたと評価する一方、ワクチン普及が遅れる新興国などの感染拡大を抑えることができなければ、世界経済は急減速する可能性もあるとの懸念を示しています
 IMFは、昨年6月の世界経済見通しで世界経済の成長はマイナス4・9%と予想し、同年4月の世界経済見通しから、さらに1・9ポイント低くなっていました。事実、昨年、「世界最大の経済の危機」に直面していて、IMFのゲオルギエフ専務理事は、新型コロナウイルスの世界的感染拡大によって「世界経済は大恐慌以来の景気悪化になる」と予測し、世界各国に財政出動を要請していたのです。コロナ禍のなかで1年が経過し、ワクチン接種率の増加などで景気感は改善したとはいえ、さらに増えつつある人的犠牲に伴い、不安は生じ続けています。世界経済の見通しを取り巻く不確実性は依然高く、いずれにせよ今後のパンデミックの展開次第であることには変わりはありません。
 パンデミックについては、WHOや米国のCDC(疾病管理予防センター)などの関連機関や感染症の専門家などから、再三警告されていましたからいまさら驚くようなことではありません。さらに言えば、新型コロナウイルスに匹敵する感染症は、今後も引き続き発生することが予想されます。むしろ問題は、リーマン・ショック以降では最大となる経済危機です。工業化が進んだ19世紀には、ほぼ10年ごとに経済危機が繰り返されていて、その最後の大爆発が1929年10月に発生した世界大恐慌でした。経済政策での国際協調や各国政府のケインズ的な介入政策により、第二次大戦後この現象は、目につかなくなっていましたが、20世紀末のアジア通貨危機、2008年の国際金融危機(リーマン・ショック)と、再び10年程度の間隔で世界経済の大規模な景気後退が生じるようになってきました。もしこの周期性への回帰が本当なら、今年末にも、新たな経済危機がやってくるだろうと経済の専門家は予想しています。
 その兆候は、いくつか見られるといいます。「戦後最長の好景気」という日本政府の宣伝にもかかわらず、昨年後半以後から日本経済は後退局面に入ったという認識が広がっていました。国際的にも株価の上昇が長期にわたって続いてきましたが、経済ジャーナリズムでは、株価収益率などの点から見て、その先行きに危惧を抱く意見がしばしば見られます。時折高騰と暴落を繰り返しているここ数年の株価の動きは、投資家たちがそのような見方を考慮して動いていることを示していたと指摘するのは、経済学者の長尾伸一氏です。もともとリーマン・ショック以後の先進諸国の経済では、それ以前の水準に戻ることが困難な状況が続いていました。それは、「ニュー・ノーマル」とも呼ばれ、金融危機以前の経済への復帰を目指す政策に対する警告が行われてきました。マイナス成長や低成長が続いた日本以外でも、西欧諸国の経済は低い成長率のまま推移してきました。
 「合衆国経済は相対的に高い成長率を記録しているが、近年ではトランプ政権による大幅減税の効果が大きく、必ずしも経済の堅調さが持続しているとはいえなかった。にもかかわらず今年(2020年)になってから新型肺炎による景気後退が声高に指摘されるようになったのは、世界金融危機以後のこの10年ほど、各国金融当局がゼロ金利政策、マイナス金利政策、量的緩和政策などの、自由経済市場としての異例な大規模公的介入を継続させ、それらよって株式市場が活況を呈してきたからである」
 循環性(周期性)の危機とは別に、米国経済を含め、金融市場の近い将来の混乱が予想されていました。先進諸国では、実体経済が盤石ではないにもかかわらず、金融当局の異常な政策によって金融市場は成長を続け、国家や企業の債務が急速に膨張したからです。
 世界金融危機以後に実体経済の成長によって世界経済を牽引してきた中国経済も低成長化する可能性があり、また、もう一つの巨大新興国インドは、景気後退に見舞われています。これらの観察から多くの投資家は、株価などの暴落を予測して行動するようになっていました。問題はそれが起きるかどうかではなく、今や「いつ起きるのか」にあると長尾氏は指摘します。


複合危機の真相
 複合危機という言葉があります。経済学では一般的に「実体経済危機」と「金融危機・財政危機」とが結びついた事象を指すようですが、昨今にわかに複合危機が注目されるのは、別の理由もあるようです。
 2008年の国際金融危機は、米国のサブプライムローン問題を契機として起こりました。この危機は、2000年代前半までの米国の住宅バブルの形成という実体経済の加熱に根をもつものであると同時に、金融危機・銀行危機の過程で、金融の自由化・証券化という現代金融の新たなフェイズを示すものでもありました。すなわち、実体経済と金融の単純な結合ではなく、経済それ自体が金融化の様相を呈し始めたなかで起こったことにおいて、まさに現代資本主義の特徴をよく表しているというのです 。言い換えれば、「金融化する経済」という現代経済のトレンドを”見える化“した事態だというわけです。
 経済の金融化の推進要因は、先進諸国が各国内での生産・消費・再投資を軸にした自立的な成長循環を描けなくなった蓄積の変容に求められるといいます。たとえば、大企業を始めとした企業の利益源泉の変化や企業財務の変貌、家計部門における消費性向の低迷と所得の金融流通へのシフトなどをあげることができます。したがって、80年代以降の現代資本主義の特徴を、「金融・資本主義」、「金融に依存する資本主義」、「金融の肥大化」などと捉えることは間違いではありませんが、実体経済の危機と金融危機がより深いレベルで連関しているという事実にこそ注目すべきです
 現代の複合危機にもう一つ新しい要素を付け加えるとすれば、「グローバル資本主義」「グローバル経済」をあげることができます。複合危機の震源地には、米国を含む先進諸国だけではなく、BRICSなどの新興国や途上国も含まれます。今や世界経済の再生産(供給・需要)に途上国は大きな存在感を示すようになりました。97年のアジア通貨危機は先進諸国の実体経済危機へと拡散し、また2008年の複合危機は米国、EUなどの先進諸国から途上国へ波及してグローバルな実体経済の危機を拡大しました。現代の複合危機が「グローバル資本主義」のもとで醸成される以上、先進諸国の金融危機が途上国の経済危機を巻き込むか、もしくは途上国の通貨・為替危機が先進諸国の経済危機に伝搬する可能性がゼロではないということです。
 「2016年以降のブレグジットの開始、トランプ政権の誕生、2017年のドイツ総選挙や仏上院選での既成中道政党の後退などは、それぞれ国・地域による事情を抱えながら、経済としての複合危機に、さらに〈グローバルな政治危機〉の要素も合成して新たな、より厄介な複合危機の様相を呈しつつある。経済危機としての複合危機が〈経済の金融化〉を媒介しているとすれば、政治危機としての複合危機は、〈グローバル資本主義と国民国家・経済民主主義〉を対抗軸にしているように見える」と経済学者の紺井博則氏は言い、そうであるとすれば、現代の複合危機の絡み合った糸をほぐすことはそう簡単ではないと付け加えました


ポスト資本主義という選択肢はあるのか
 地球温暖化を中心とした地球環境危機と、急激に増大する世界の人口に対応できないエネルギー、水などの不足というグローバルな資源危機を合わせて地球環境危機と呼びますが、現在のところその端緒が始まっているだけだといいます 。その本格的な被害は今世紀の中葉から顕著に表面化してくると予想されてきましたが、具体的にどのようなかたちをとるのか、現時点ではわかりません。今回のパンデミックにかかわる危機の観察からは、それが社会の内部と環境からの外的脅威が結びついて発展する「複合危機」として現れることだけは確かでしょう。
 世界恐慌のように、貨幣経済における需要と供給の不均衡の累積とその暴力的な調整のプロセスとして、近代経済の危機はシステムの内部から生じます。現代の危機も、先進諸国の実体経済と金融市場に一つの要因をもつ内因性だと考えて間違いなさそうです。
 パンデミックは、この状況下にある世界経済を襲います。このように地球環境危機は、外因性の自然の脅威が、内因性の危機を脆弱化し、適応力を弱めた社会を襲うというかたちで、外因と内因が輻輳し合う複合危機として現れるのではないかと長尾氏は言い、次のように結論付けました。
 「多数の犠牲者を出し、政治的、経済的、社会的混乱を伴うこともありうるが、ともかく国際社会はこれを乗り越えていくだろう。むしろ本格的な複合危機は、現在の10代の人々が恐れるように、地球環境、資源問題の深刻化とともに、これから訪れると考えるべきである」と。
 そして、その克服は、治療法の開発などの直接の対処にとどまらず、あらわになった脆弱性をシステムが変容して克服する、集団的な学習過程にもとづく社会適応形態の発展というかたちをとるというのです。そして、それは一般に、①危機の認識と新しい知識の獲得と拡散という知的イノベーション、②知的イノベーションにもとづく新技術の導入という技術的イノベーション、③社会制度の変化、創造である社会的イノベーションという三つのイノベーションをもたらすだろうというのです。
 そこで今号は、複合危機を資本主義の危機として捉えたうえで、このイノベーションを切り口に、①資本主義をどう終わらせるか、②資本主義のバージョンアップ(進化)は可能か、③資本主義のオルタナティヴはどこにあるのか、という三つの観点から考えます。(佐藤真)

引用・参考文献
1. https://www.imf.org/ja/Publications/WEO
2.https://www.imf.org/ja/Publications/WEO/Issues/2021/03/23/world-economic-outlook-april-2021
3.長尾伸一「複合危機と資本主義の未来 エコロジー的近代化、ウェルフェア、自然の統治」上下(雑誌『思想』岩波書店、no.1156、no.1158、いずれも2020)
4.紺井博則「複合危機とは何か」(雑誌『評論』209号、日本経済評論社、2020)


複合危機とパンデミック

コロナ危機と未来の選択 パンデミック・格差・気候危機への市民社会の提言 藤原辰史他 アジア太平洋資料センター編 コモンズ 2021
雑誌 現代思想 vol.48-13 6月臨時増刊 特集 ブラック・ライブズ・マター 青土社 2020
雑誌 世界 no.944 5月号 特集1 人新世とグローバル・コモンズ、特集2 貧困と格差の緊急事態 岩波書店 2021
コロナ後を襲う世界7大危機 石油・メタル・食糧・気候の危機が世界経済と人類を脅かす 柴田明夫他著 Next Publishing Authors Press(オンデマンドぺーパーバック) 2021
雑誌 社会運動 no.439 特集 いまなら間に合う! 気候危機 残る10年で何をするのか 市民セクター政策機構 2020
雑誌 現代思想 vol.48-5 特集 気候変動 青土社 2020
地球に住めなくなる日 「気候崩壊」の避けられない真実 D・ウォレス-ウェルズ 藤井留美訳 NHK出版 2020
データでわかる 2030年地球のすがた 夫馬賢治 日経新書 2020
地球が燃えている 気候崩壊から人類を救うグリーン・ニューディールの提言 N・クライン 中野真紀子他訳 大月書店 2020
グレート・リセット ダボス会議で語られるアフターコロナの世界 K・シュワブ、T・マルレ 藤田正美他訳 日経ナショナルジオグラフィック社 2020
図解でわかる 14歳から知る気候変動 インフォビジュアル研究所 太田出版 2020
コロナ後の世界 いま、この地点から考える ちくま書房編集部編 ちくま書房 2020
雑誌 現代思想 vol.48-7 感染/パンデミック 青土社 2020
複合危機 ゆれるグローバル経済 牧野裕他編著 日本経済評論社 2017
これがすべてを変える 資本主義VS 気候変動 上下 N・クライン 幾島幸子他訳 岩波書店 2017
ナショナルジオグラフィック別冊 気候変動 瀬戸際の地球 日経ナショナルジオグラフィック社 2017


◎資本主義の先へ

つながり過ぎた世界の先に M・ガブリエル 大野和基他訳 PHP新書 2021
雑誌 思想 no.1156 資本主義の未来 岩波書店 2020
資本主義の新しい形 諸富徹 岩波書店 2020
人新世の資本論 斎藤幸平 集英社新書 2020
資本主義の再構築 公正で持続可能な世界をどう実現するか R・ヘンダーソン 高遠裕子訳 日本経済新聞出版 2020
資本主義の成熟と終焉 いま私たちはどこにいるのか 小西一雄 桜井書店 2020
未来への大分岐 資本主義の終わりか、人間の終焉か? M・ガブリエル他 集英社新書 2019
マルクス 資本論 シリーズ世界の思想 佐々木隆治 KADOKAWA 2018
ポストキャピタリズム 資本主義以後の世界 P・メイスン 佐々とも訳 東洋経済新報社 2017
資本主義はどう終わるのか W・シュトレーク 村澤真保呂他訳 河出書房新社 2017
資本主義の終焉 資本の17の矛盾とグローバル経済の未来 D・ハーヴェイ 大屋定晴他訳 作品社 2017 
閉じてゆく帝国と逆説の21世紀経済 水野和夫 集英社新書 2017
時間かせぎの資本主義 いつまで危機を先送りできるか W・シュトレーク 鈴木直訳 みすず書房 2016
資本の世界史 U・ヘルマン 猪俣和夫訳 太田出版 2015
ポスト資本主義 科学・人間・社会の未来 広井良典 岩波新書 2015
資本主義の終焉と歴史の危機 水野和夫 集英社新書 2015
ショック・ドクトリン 惨事便乗型資本主義の正体を暴く 上下 N・クライン 幾島幸子他訳 岩波書店 2011


◎成長/脱成長、生産/反生産

なぜ脱成長なのか 分断・格差・気候変動を乗り越える G・カリス他 上原裕美子他訳 NHK出版 2021
脱成長 S・ラトゥーシュ 中野佳裕訳 文庫クセジュ 2020
カタツムリの知恵と脱成長 貧しさと豊かさについての変奏曲 中野佳裕 コモンズ 2017 
コンヴイヴィアリティのための道具 I・イリイチ 渡辺京二他訳 ちくま学芸文庫 2015
〈脱成長〉は世界を変えられるか? 贈与・幸福・自律の新たな社会へ S・ラトゥーシュ 中野佳裕訳 作品社 2013
脱成長の道 分かち合いの社会を創る 勝俣誠、M・アンベール編著 コモンズ 2011
アンチ・オイディプス 資本主義と分裂症 上下 G・ドゥルーズ、F・ガタリ 宇野邦一訳 河出文庫 2006
脱「開発」の時代 現代社会を解読するキーワード辞典 I・イリイチ他著 W・ザックス編 三浦清隆他訳 晶文社 1996


惑星のコミュニズム

ラグジュアリーコミュニズム A・バスターニ 橋本智弘訳 堀之内出版 2021
新世紀のコミュニズム 資本主義の内からの脱出 大澤真幸 NHK出版新書 2021
改革か革命か 人間・経済・システムをめぐる対話 T・セドラチェク、D・グレーバー 三崎和志他訳 以文社 2020
みんなのコミュニズム B・アダムザック 橋本紘樹訳 堀之内出版 2020
大洪水の前に マルクスと惑星の物質代謝 斎藤幸平 堀之内出版 2019
雑誌 思想 no.1148 ローザ・ルクセンブルク 没後100年 岩波書店 2020
社会主義の再生は可能か マルクス主義と革命理論 C・カストリアディス 江口幹訳 三一書房 1987


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